【マスターの役割とは?】なぜ瞑想にマスターが必要なのか。〜真理に導くヨグマタの存在〜
今回は「瞑想のマスター」についてお話をさせていただきます。
少し歌を歌わせていただきますね。
♪〜(動画をご覧下さい)
この歌はマスターに捧げる歌です。
「暗闇から光に導きたまえ。死から不死に導きたまえ。平和でありますように。平和でありますように。平和でありますように」という、深い意味があるのです。
魂は太陽のように輝いている

私たちには魂があって、体があって、心があります。
そして心と魂に、ストレスが蓄積されています。
魂というのは太陽のように輝いていて、光なんです。
その魂があって、肉体に光が当たって細胞が分裂したり、生命エネルギーをいただいて活動が活発に行われ、心もエネルギーをいただいて活動しています。
しかし、それが曇っているので、怒りや悲しみで消耗してしまうのです。
その曇りを取ったら、丸ごと魂の光が満ちて、輝く人、光の人になります。
「暗闇から光に導きたまえ」とは、曇りを取る修行のことです。
瞑想修行もありますし、心の使い方、体の使い方もあります。
その正しい指導を「是非お願いします」ということなのです。
無知とは本当の自分を知らないこと

みなさんは、カメラの使い方や仕事の仕方、電車の乗り方、飛行機の乗り方、車の運転の仕方など、色々なことを知って何でもできます。
けれども、仕事をリタイアしたら何もやることがなくて困ってしまう。
色々な趣味で時間を潰すことはできますが、それは執着なのです。
つまり、まだ本当の自分を知らないのです。
色々なことを知って、色々なことを器用にやるけれども、自分を知らない。
それを「無知」というのです。
「私は無知じゃない、色々知っているよ」と言いたいかもしれませんが、本当の自分を知らないのです。
「光明に導きたまえ」というのは、悟りに導きたまえ、本当の自分を悟らせてくださいということなのです。
死をコントロールする究極のサマディ

死というものは、みんな怖いものです。
死んだら土に還ってしまう。
だから死のことは考えたくない。
究極のサマディは、死をコントロールして、死とは何なのかを実際に体験するわけです。
どこかの臓器が働かなくなって、他も全部引きずられて命を落とすということではなく、全部綺麗にして覚醒して、光の人になって、自分の肉体から幽体離脱のようにシフトする。
それを体験してまた戻ってくるというのが究極のサマディです。
呼吸もストップして、自分の意識を高めて、全部浄め尽くして、意識を覚醒させる。
自分はもう心ではないのです。
心は色々な感情を体験します。
体も常に食べ物を消化してエネルギーを作っています。
サマディに入ったら、内臓も働かないでストップするわけです。
死を体験することで不死になる

普段は食べ物を食べて、胃も働いて、栄養を吸収して全身を回り、タンパク質になったり、エネルギー源になったり、肉体を作ったり、考えるエネルギーになったり、スポーツをするエネルギーになったりしています。
体はしっかりと作られていて、骨も作られ、細胞も何年かに一回全部入れ替わり、血液は3ヶ月に全部入れ替わります。
遺伝子が同じだから同じようなクオリティのものができていますが、常に新陳代謝が行われています。
だから、しっかりした食べ物を食べて、良い心で過ごしていくと、良い品質の肉体、良い品質の心が出てくる。
ありがたいことです。
そのように変化をしている中で、死を体験することで不死(イモータル)になる。
アヴァターという言葉がありますが、死なない存在。
体は死んでも、魂は死なない存在と繋がっていくのです。
生きているからこそ修行が出来る

魂には心がくっついていて、魂の家をコザール体といいます。
霊体・幽体といった潜在意識の心が刻まれているものをアストラル体といいます。
そういうものも、生きている間に修行ができると浄めることができます。
死んだら体がないので、マントラも唱えられず、修行ができません。
生きている間に修行をすると、色々な記憶を整理整頓して、ネガティブな記憶や驕り、人をジャッジしたことなどを平和にして、浄めて、感謝に変えていくことができるのです。
心は磁石なんですね。
何か執着があると、そこに張り付いてなかなか離れられません。
だから瞑想することで心を超えるのです。
本当の自分と一体になることが、不死になるということです。
死なない存在と一体になる。
「死から不死に導きたまえ」。
それをやったら、死が怖くなくなります。
不死の存在と繋がる波動

みんな、本当の自分に繋がっていないのです。
だから私のところでは、本当の自分に繋げる聖なる波動を伝授しています。
聖なる波動をいただいて、不死の存在と繋がっていく。
魂と繋がる、無限の存在と繋がる。
光明を得る、悟りを得る、光に繋がっていくように。
そこからパワーをいただきながら、生きている間に体も使い、心も使っていくのです。
今までは自分が体だと思い、心だと思って、エゴで体を満たそう、心を満たそうと、欲望に振り回されてきました。
それが癖になっているから、どうにも止まらないのです。
決意をしても、またすぐ戻ってしまう。
何生も何生も、自分は心だと思い、体だと思って生きてきたので、根深いのです。
マスターは暗闇から光へ導く存在

マスターは心身を浄め、カルマを浄めたので、純粋なエネルギーがあります。
そのエネルギーが深いところから浄めて差し上げるのです。
自分で修行すると、ただ自分のカルマをぐるぐる回っているに過ぎず、進化するのにすごく時間がかかります。
マスターがいてブレッシング・秘法をいただくと、マスターは死を体験しているから、すごく早いのです。
マスターは光の存在であり、全部悟っていて、色々なことが分かっています。
マスターの言葉を聞いて勇気をいただき、「ああ、そうなんだ」と素直になると、ふわっと溶けるのです。
永遠の命からの光をいただくと、早く溶けていきます。
「グル」というのは先生という意味ですが、「グ」は暗闇、「ル」は光。
グルは暗闇から光に導く存在なのです。
霧の中では何も見えず、心が曇っているからどちらへ行っていいか分かりません。
そこで道しるべ、羅針盤として、マスターの存在が光となって、悟りへの道を照らすのです。
悟りに行ったことがないから、暗闇で分からない。
自分の中には色々なエゴがあり、過去生からの色々な記憶があります。
それが溶けてくると、直感で何かをやっても、エゴが出て早とちりしてしまうこともあるかもしれません。
ですから良いエネルギーに繋がらないといけません。
潜在意識を変えていく

潜在意識の力はものすごく強く、ものすごいスピードも力もあります。
表層意識では「自分はできない」「ダメだ」「勇気がない」と少しずつしかできません。
そこに純粋なエネルギーがないと、自分の持っている色々なエネルギーが、蓋をしていたものが目覚めた時に人格が破綻することもあります。
「こっちだ、あっちだ」という自分の声が聞こえたりして、それを消す方法を知らないのです。
ヒマラヤの聖者は高次元のエネルギーを持っているので、そういうものを鎮めてゼロにする力があります。
段階を追って修行しないと、間違ってしまうこともあるのです。
間違った先生もいるかもしれません。
その先生の純粋でない心の価値観に染められてしまうと、道の途中に家を建ててしまうようなものです。
そういう言葉に誘導されて信じてしまうと、最後まで行けなくなります。
そういう意味で、純粋なマスターに出会った方が良いのです。
マスターのブレッシングをいただいて、道が照らされて、「安全にこちらですよ」と導かれる。
マスターはエゴがなく、皆の幸せを考えてやっているのです。
マスターと共に座ることで、ブレッシングをいただけます。
その波動は精妙なので、どこまでも浸透していき、色々な汚れも全部溶かして、良いものを育んでいく。
そういう祝福の力があるのです。
最高レベルのマスターに出会う

独学や他の瞑想をやっていた方も、すぐに安心をいただいて雑念が出なくなったとか、合宿や色々なケアがあるので、すごく安心をされる方がいっぱいいらっしゃいます。
他の宗教に40年も入っていたけれど、ヨグマタの所へ来たら1週間で良くなった、3ヶ月で良くなったとか、それ以上の効果が出たり。
うちは積極的に浄めますし、マスターの力があるので、禅寺の10年の結果が、こちらでは半年で効果が出たとか、そういう声がいっぱいありますね。
「正しいのかな、間違っているのかな」と迷うより、本でいただいたテクニックよりも、マスターから直接いただくことです。
マスターは「この治療はこのレベル、この治療はこのレベル」と全部分かります。
色々なヒーリングがありますが、これはこういうレベルとすぐ分かるのです。
マスターのエネルギーが最高のレベルに連れていくので、ヒマラヤへ行かなくても、日本で、東京で、皆さんが恩恵をいただいて楽になって、光の人になり、パワフルになり、さらに才能が目覚めて、社会のリーダーになっていくことができます。
実質的な修行があるので、それがすごく早く起きるということで、是非来ていただきたいなと思います。
〜ヨグマタ相川圭子 公式Youtube(2026.8.22放送分)より
執筆者:ヨグマタ相川圭子
10代の頃からヨガや瞑想、健康法に興味を持ち実践。単⾝ヒマラヤに渡り、悟りへの道である本格的なヨガの修⾏を⾏い、ヨガ・瞑想の究極のステージ「サマディ」に到達する。 過去3回にわたり、国連でスピーチ・瞑想指導を行う。日本でも講演会、各種研修を開催。著書は累計100万部を突破し、作家としても活躍している。

