今回は「本当の自分」についてお話をさせていただきます。
役割も経歴も本当の自分ではない

外に出た時、人には役割があります。
「先生である」「社長である」「コンピューターの専門家である」「役者である」、そういう仕事の役割があるのです。
では家にいたら本当の自分なのでしょうか。
家では、どちらかというとそういう鎧は脱いでいます。
けれども「名前は◯◯です」「経歴は◯◯です」と、色々なものがくっついてはいるのですね。
「母親です」「誰々の子供です」「どこどこに住んでいます」と。
心理学でいう本当の自分、哲学でいう本当の自分、どのレベルのことを本当の自分というのか、そういう本を読めば分かるのかもしれません。
しかし、スピリチュアル的な本当の自分というのは、もっと本質的な自分のことを言っているのですね。
素直な自分は、より本当の自分に近いわけですが、素直な自分であっても、心があるし、体があります。
全てのものは変化をしていて、心も変わっていくのですね。
体は年齢を重ねて変わっていきます。
心も、自分の中に悲しい自分がいるかもしれないし、寂しい自分がいるかもしれない。
怒っている自分がいるかもしれないし、自信満々な自分がいるかもしれない。
状況によって変わっていくけれど、根のところは変わらないで、「自分はこういう性格だからダメだ」と自分を卑下したり、周りのことが気になったり、色々な性格があると思うのです。
変化するものに囚われる苦しみ

本当の自分、変わらない自分に出会うための修行がヒマラヤ秘教です。
心が揺れていると、とても苦しいのです。
先のことを心配している自分もいるし、過去のことに囚われている自分もいる。
心が常に翻弄されて、自分が一体どういう状態であるかも分かっていないのです。
お金がたくさんあれば幸せになるのか。
能力がとても優れていたら幸せになるのか。
そのお金が「減るのではないか」という心配をたくさん持っていたら、常に追われるように「お金、お金」と儲けることだけを考えているかもしれない。
それが本当に幸せなのかどうか。
全部満ち足りて、お金もたくさん持って、健康にもなって、家族もいて幸せ、会社もうまくいっている。
全部うまくいっていて、その人は本当は何をしているのでしょうか。
毎日時間を潰して、お金を使って、みんなに奢ってお酒を飲んで楽しくしているのか。
趣味のことをやっているのか。
けれども何か、時間に追われるように、自分の本当の姿を隠すように、何かでごまかしているのかもしれません。
常に変化をしていて、その変化から逃れるように何かをして、退屈さを凌いでいる。
忙しくして退屈にしないようにして、退屈の恐怖から逃れるようにしているのかもしれません。
あっちに行ったりこっちに行ったりと動き回って、エネルギーを消耗しているのです。
本当の自分は「不動」

ヒマラヤの聖者は、本当の自分に出会う、悟るということが最高の人間になることであると発見しました。
5000年の昔に、自分は一体誰であるのかということで修行をして、深い瞑想をされたのです。
心は一体何であるのか。
「心は変化している」「寂しい心があってこうしている」「欲望がある」「これに執着している」、そういうものを一つ一つ見つめて手放していく。
「体も歪んでいるとこうなるのだな」「体の平和とはどういう状態なのか」「エネルギーが興奮していると疲れるな」「神経が興奮していると平和ではないな」「では神経が平和になるにはどうしたらいいのか」と、一つ一つ探していって、最後に不動の自分に出会った。
それが本当の自分なのですね。
瞑想していくことで変わっていきます。
それは何生も何生もかかる修行で、それが一番価値ある修行であるということで、インドの人は挑戦しているのです。
純粋なところに戻っていく
私はヒマラヤに行って、本当の自分に出会いました。
今は合宿をやって、皆さんの心のストレスを取っています。
心のストレスというのは、本当の自分ではありません。
みんな後からくっついたものなのです。
生まれた時はとても純粋でした。
悩みもないし、憎しみもないし、怒りもないし、悲しみもない。
だからその生まれたところに戻るということです。
後からくっついた怒りのような心も、最初は純粋だった。
後からくっついたから、全部元に戻せるのです。
くっついたものを取り除いて、純粋になっていく。
浄化をしていくのです。
集中的に浄化しないと、内側に悲しみなど色々なものがくっついています。
そして外側にも「もっと幸せになりたい」「家が欲しい」「これを体験したい、あれを体験したい」「友達が欲しい」「お金が欲しい」と、色々なものを買ったり集めたりして、それに依存している。
本当のものではないものに、全部依存しているのです。
人生の目的は「本当の自分」を知ること

本当の自分とは、静かに座った時に分かります。
座った時には、色々必要と思っていたものがいらないわけです。
座ったら靴もいらないかもしれないし、鞄もいらないかもしれない。
知識もいらない。
外側によく見せようとしたものは全部いらない。
そうやって全部落として、平和になっていく。
そうすると一枚一枚剥がれて、あなたの中のダイヤモンドのような輝く光に出会っていくのです。
それは全てを作り出す力があります。
それを是非体験していただけたらと思います。
それがあなたの人生の目的なのです。
あなたが最高の人間になって、内側から輝いていく。
今まで外からくっつけたものは、やがて干からびて垢になっていくわけです。
だからその依存したものを外していかなくてはなりません。
自分の考え、自分の価値観、外側のもの、「私はこうだ、ああだ」という自分を色付けた考えに依存しているのです。
そういうものを取って純粋にすると、自由な発想が生まれ、直感が冴えます。
自分の考えではなくて、もっと神聖な豊かな考えがひらめく。
集中力が出たり、クリエイティブな力をいただいたり、愛が溢れたり、判断力が出たり。
良いことばかりですから、是非それを生涯の目的としていただきたいのです。
頑張らない生き方

「いや違う」と、素直になれない心もあるわけです。
ジャッジする心、比較する心。
それもやがて平和になって、「ああ、全てが素晴らしい」となります。
良い波動を出していくと、良いものを引き寄せて、どんどん成功していきます。
修行しない時は「この人が嫌い」「あれが嫌だ」「これはつまらない」と、何かしら思っているわけです。
修行していくと「ありがたいな」「全ては学びだな」と思えるようになる。
宇宙の良いエネルギーをいただいて、それを返していく。
みんなに親切にできて、自分の今まで身につけた才能がさらに深みを増して、頑張らなくても自然にシェアができるようになっていくのです。
本当の自分への旅を、是非やっていただきたいと思います。
そして色々な物に使われるのではなく、依存するのではなく、必要な時に使って、分かち合っていく。
そうすると無駄がなくなって、世の中のゴミも少なくなって、地球の温暖化も無くなって、みんなが平和になっていく。
今それが必要なのだと思います。
〜ヨグマタ相川圭子 公式Youtube(2026.10.10放送分)より
執筆者:ヨグマタ相川圭子
10代の頃からヨガや瞑想、健康法に興味を持ち実践。単⾝ヒマラヤに渡り、悟りへの道である本格的なヨガの修⾏を⾏い、ヨガ・瞑想の究極のステージ「サマディ」に到達する。 過去3回にわたり、国連でスピーチ・瞑想指導を行う。日本でも講演会、各種研修を開催。著書は累計100万部を突破し、作家としても活躍している。

