ヒマラヤ秘教用語解説

サマディ(悟り)

サマディとは、涅槃(ニルヴァーナ)、悟り、光明、エンライトメントとも言われ、仏教でいう「三昧」の語源。

体と心、すべてを超越して、本当の自分、魂と一体になり、さらに創造の源、至高なる存在・神と一体になる、人の意識の究極のステージ。

サマディについて

サマディとは、神と一体になる最高に進化した意識のステージです。

最高の進化は意識の進化であり、永遠の命を知るサマディ、つまり解脱に至ることで得られます。

解脱の最高のサマディに至る、セルフリアライゼーションから、それを超え、ゴッドリアライゼーション、至高なる存在と一体になります。

人は何万回、何千万回という数限りない輪廻転生を繰り返し、この輪廻から解放され、源に還っていくのが、悟りへの道、サマディへの道です。

本当の意味で何もしない、無念無想の無心であるということはカルマを浄化した後にしか訪れない境地です。

カルマを浄化し、何の思いも浮かばない、体の存在もないようで、心もなく純粋意識があり、ただ「ある」状態、今に「いる」状態です。

それはサマディで体験できる境地であり、それが悟りです。

サマディの段階

サマディには、究極のサマディに至るまでの段階があります。

体と心のレベルのサマディ(サンプラガティサマディ・種子三昧)

肉体や心のパワーのレベルのサマディは、サンプラガティサマディといいます。

「サ」は種があるという意味で、種を越えずにこの状態に留まるのは、未だ完全なるサマディ、完全なるエンライトメントではありません。

ヴィタルカサマディ

ヴィタルカサマディは身体のサマディであり、肉体のパワーを得て、五つの要素、土、水、火、風、空のエレメントをコントロールします。

超能力を得られ、綿のように体を軽くしたり、重くしたり、鳥のようになって飛んだり、石のように固くします。

ニルヴィタルカサマディ

身体のレベルを超えたサマディが、ニルヴィタルカサマディです。

ヴィチャーラサマディ

体を超え、思いのレベルのサマディがヴィチャーラサマディです。

思いのパワーやヤントラのパワー、ブレッシングのパワー、音のパワーが発達し、思った事すべてが実現します。

ニルヴィチャーラサマディ

思いをレベルを超えたサマディが、ニルヴィチャーラサマディです。

アスミタサマディ

アスミタサマディは、思いのない、「根源の私」というエゴの感覚のサマディです。

アーナンダサマディ

心と身体とブッディが根源の存在と一体となり、幸福になるサマディです。

喜びのシャワーを浴び、天国にいるような感覚を覚えます。

これはとても幸福なステージなので、ほとんどの聖者はこれを最終の悟りと勘違いしてしまいます。

ただしここは未だ思い込みのワンネスなのです。

喜びというのも心の働きなので、光に満ちてただ平和で幸せ、至福感を味わったと思ったら、さらにその先に進まなくてはなりません。

体と心と魂を超えたレベルのサマディ(アサンプラガティサマディ・無種子三昧)

心と肉体という種子の全てが外れ、さらに本当の自己、魂となり、それさえも超えるものをアサンプラガティサマディ(無種子三昧)、究極のサマディといいます。

サマディは体のシディ(超能力)、心のシディを体験し、更に神秘の意識を体験する内なる世界の旅であり、すべてのシディを持ちながらそれに目覚めて、それを超えています。

プロセスの一つ一つを体験し、超えて、サット・チット・アーナンダ(真理と純粋意識と喜び)いう祝福に満たされるのです。

さらには、神の悟り、全てを超えたナッシングネス、至高なる神と一体となり全てを悟るのです。

神と一体になった究極のサマディでは、魂がどこから来てどこに去っていくのか?自分はいったい誰であるのか?宇宙はいったいどうなっているのか?心や体はなんなのか?何が本当の幸せなのか?それらのすべてを理解し、永遠の存在となります。

ここで言う「永遠」とは、時間が途切れることなく、未来永劫続くことではありません。

そもそも時間がないのです。

何も変化しない、生まれも減りもしない、ただそこに「ある」状態、それこそが「永遠」なのです。

これを体験するのが究極のサマディです。

真理の修行のあとに達する、究極の安らぎです。

死後生まれ変わらないサマディ(マハサマディ)

生前に肉体を通して修行をして、サットヴァのみになるほど浄まっていくことができると、そのアストラル体は天国に行きます。

さらに修行をして、アストラル体の記憶を浄化しきって、それを超え、究極のサマディに達し、究極の悟りを得るのです。

すると、その人はもう転生しない体となります。

つまり創造の源に達し、永遠の存在になった時、体を脱いでシッダーローカという天国に向かい、そこにとどまるのです。

それをマハサマディといいます。

それは普通の肉体に寿命がきて、ダメージで死ぬのとは違うのです。

マハサマディは死ではなく、生き続けています。

究極のサマディに到達した存在がシッダーマスター

心と体を純粋にして、パワフルなままそれを超え、生を超え、死を超えて、神の存在、永遠の存在、不死となるのです。

サマディの修行を成就すると、心は常に静寂であり、空っぽです。

時間にとらわれず、思いは何も浮かばず、自由自在なのです。

常に「いま、ここ」にいて、自分が宇宙であり、神であるという状態になります。

「真の自己」となり実際に至高なる存在、梵我一如となり、すべてを悟ることができます。

ヒマラヤ聖者のなかでも、究極のサマディにより、究極の悟りを得た存在が「シッダーマスター(サマディマスター)」です。

シッダーマスターは、何世紀かに一人くらいの割合で誕生します。

サマディは、静寂で何もない「空っぽ・ナッシングネス」の状態、究極のゼロです。

究極の意識を体験することで、すべての苦しみや問題が解決していき、真の自由、真の幸福を手にするのです。

〜ヨグマタ相川圭子

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