【真理】あなたは本当の愛を知っていますか?瞑想が導く「真の優しさ」をヨグマタ相川圭子が解説。
今回は「真の優しさ」についてお話をさせていただきます。
「良い人に思われたい」の間違い
皆さん「良い人になりたい」みたいなんですよね。
周りからよく思われたいとか、一生懸命優しくしたり頑張ってきて。
良い人になるのは良いことだとは思うんですけど、「ねばならない」と人の評価を気にしてやるとか、「良い人に思われたい」というのはちょっと違うのかなって。
逆に、言いたいことを言っている人の方が嘘がないような感じがして、スッキリするということもあるのかなって。
私は子供の時から笑うところはあったのですが、良い人に思われたくて笑ってるわけじゃないんですね。
「良い人の演技」から真の優しさへ

日本は狭い国なので、角が立たないように言いたいことも言わないとか、人の評価を気にして一生懸命生きてるところはあるのかなと思います。
心はやりたくないんだけれども、「ああいいですよ」みたいなダブルマインドになっている。
心の愛でやっていくと疲れてしまったり、演技になってしまったり、本音と建前になってしまう。
良い人・優しい人になるのは良いんですけども、裏表がなく本音で生きるには、魂のレベルからやっていく必要があると思いますね。
修行していかないと私たちの奥深くの純粋な愛は出てこないので、真の優しさを皆さんが出していくのに、瞑想をしていただけたらなって思いますね。
元々女性は慈愛という無償の愛があります。
お子様が生まれたら疲れていてもミルクを夜中にあげなければいけないし、おむつを取り替えてあげないと赤ちゃんが苦しいでしょうからね。
そういう見返りを期待しない無償の愛があって、産後はそういう愛が出てくると思うんです。
そういう愛が誰の中にもあって、瞑想して自分の色々なこだわりとか価値観を溶かしていくと、自然にそれが出てくるのかなって思いますね。
バクティ(信愛)の道

バクティ(信愛)というのがあります。
インドでは神様やマスターを信仰して、そこからパワーをいただいています。
信仰というのは愛で精神を統一するということなんですね。
父は私が1歳半の時に亡くなりましたが、私の母親がお仏壇を常にお掃除をして綺麗にして、お食事を捧げたりして、お祈りを捧げている光景を見ていました。
そうやって見えないところの良いエネルギーに繋がって、先祖を供養して、守りをいただこうということで、仏教の人はそんな感じでその愛を手向けていきます。
インドの人は神様やマスターに奉仕をしたり、愛を捧げて、日曜日などお休みの日に無償の愛で善行をしています。
真の優しさとは

人間は自己防衛で生きていて、自分だけを可愛がってしまうという心があります。
恐れから自分を守って、相手を信じなかったり怖がってしまう。
優しくしようと思っても、先に不信感や恐怖、緊張が出て、向こうから優しくされても警戒心があって受け入れられなかったり。
あるいは優しくしすぎて、「お金をください」と言われたり、付け込まれたり、依存されてしまうこともあるかもしれません。
何でもかんでも差し出したり親切にすると、寄生虫のようになってしまうので、相手を自立させていく優しさも必要なわけですよね。
そういうことを考えると難しくなってしまいます。
皆さんが修行をしていくと、すごく本質的な優しさが身について、透明な優しさになって、執着を起こさせないようになります。
ねっとりの親切だと、ねっとりのエネルギーが返ってきたりします。
修行をして自分の中の色々なこだわりとか価値観を薄めて、清らかにして、理解をした上での優しさになっていくといいと思います。
ただ演技で優しくしても疲れて長く続かないですから、良い人格になるという修行なんです。
まず自分を受け入れる

自分を愛するところからスタートして、ダメな自分もまず受け入れるっていうことが大切です。
完璧でないから自分を愛せないとか、あの人も完璧じゃないから愛せないとか。
みんな欠点もあって健気に生きてるから、「ありがとうございます」と、その人の本質を尊敬して愛していく。
外に現れたものが完璧でなくても、「許す」という優しさも必要なんですね。
私は「目覚めのセミナー」というのをやっています。
それに参加していただくと、色々なこだわりが取れていきます。
あるがままの自分を受け入れて、周りの人もあるがままの受け入れて、その人の良いところを見ることができる。
自分に悪いところがあると、それを投影して見るので、相手も悪く見えてしまいます。
自分が素直に純粋になっていくと、フラットに見えて、相手のいいところも見えるようになる。
「ありがとうございます」と感謝することもできて、優しい言葉もすっと出てくる。
作った優しい言葉じゃなくて、思いやりのある言葉が出てくるのかなと思いますね。
「ねばならない」になると疲れてしまいますから、修行して自然にやっていくと良いですね。
日本にもある「おもてなし」の文化

インドでは道場にお参りに来た人や、会員さんも、食事が食べられるんですよ。
クンブメラ(インドで6奥人が集まる聖者の大祭)というお祭りでは、1日2000人の聖者がお参りに来たりして、2ヶ月にわたって朝昼晩と無料で食事を出すんですよね。
それは大変なことなんですけれども、そういうおもてなしの文化があります。
日本だとお葬式の時にはお酒を出したり、食事を出して、手伝ってくださった方々に振る舞いますよね。
そうして亡くなられた方を偲んで、供養してあげる。
日本もそういう愛を差し出す習慣がある素晴らしい国です。
やらされてるっていうことじゃなくて、自然にできるようになると良いですね。
日本には、おにぎりとか稲荷寿司とか、手で取って食べやすい食事があって、おもてなしにすごく便利な食事があるので、おもてなしの文化は元々あったと思いますね。
〜ヨグマタ相川圭子 公式Youtube(2026.3.28放送分)より
執筆者:ヨグマタ相川圭子
10代の頃からヨガや瞑想、健康法に興味を持ち実践。単⾝ヒマラヤに渡り、悟りへの道である本格的なヨガの修⾏を⾏い、ヨガ・瞑想の究極のステージ「サマディ」に到達する。 過去3回にわたり、国連でスピーチ・瞑想指導を行う。日本でも講演会、各種研修を開催。著書は累計100万部を突破し、作家としても活躍している。
