【欲を捨てる修行】なぜ無欲になると人生が豊かになるのか?思考を溶かす「ナッシングネス」の本質をヨグマタ相川圭子が徹底解説。
「無」とは
今回は「無欲」についてお話をさせていただきます。
瞑想してる時、色々な心配事が浮かんできます。
「あれが欲しい」「これが欲しい」とか、子供の心配や、家を建てなくちゃとか。
色々な考えがあって脇に置いて、思考を見ていると、それが溶けて、無になって、空っぽになって、ナッシングネスになる。
体も心もなくなって神と一体になる。
それを「ムクシャ(涅槃)」と言います。
私たちはそこから別れた魂があって、それから色々な波動が出てきて、体と心をいただいています。
私たちは本来は、何も持っていないし、何もないんですね。
瞑想というのはそういう状態を作り出すことで、ナッシングネスになっていくというものです。
「無欲」とはどういうことか

本質の自分は誰であるのか。
どこから来たのか。
それは全てを持っていて、そこに全てを作り出す力があり、知恵があり、愛があり、そこにいたらどんな願いでも叶う。
あなたはウィルパワー(意志の力)で作り出す力をいただくことができるんですね。
そういうところに繋がらないと、何かしようと思っても「私はできない」「疲れた」とか「これは損なことだから」「これは面倒くさいから」とか、色々な心が働いてエネルギーを消耗したり、頑張りすぎて体が壊れたり、心が折れてしまったり。
自分の好きなことはできるけど、好きじゃないことはできないとか、バランスの悪い人になっていくんですね。
色々な価値観の囚われをリセットをして、純粋にして、またそれに立ち向かうというのが瞑想なんですね。
自分の欲のためではない生き方

この体と心を神様からいただいたので、自分の欲でなくて神様に捧げることを私は長くやってきました。
みんなが幸せになるために、この体も生きなくちゃならないし、心も使わなくちゃならないわけです。
それはカルマ(業)を積まない生き方で、神様が喜ぶように皆の意識を高め、皆が愛の人になるように、ストレスを取り除けるように、みんなに瞑想の秘法を伝授しています。
みんなが家でやると怠けて続かないかもしれないので、道場を建てて提供しました。
私の親族のためじゃなくて、日本の子孫のために道場を建てたんです。
そこで何時間か瞑想したり、あるいはリトリートで泊まり込むことができて、みんなが続くように通える場所を作ったんですね。
私の話をどこでも見れるように本にしましょうとか。
字がちょっと老眼で見えないから、耳で聞こえるようにYouTubeで届けましょうとか。
私は皆さんに捧げる生き方を、忙しいんですけど喜んでやっています。
これをやるために食べなくちゃいけないから食べますよね。
あまりに寝ないとYouTubeの映りも良くないかもしれないからね。
そういう風に適度に、必要があって、必要な眠りと必要な栄養を摂取しています。
良いエネルギーを循環して、どんどん皆さんが喜んで良い行為をして、良いカルマを積んで、瞑想もして、世の中が良い波動の人がたくさん増えて、実際に変容するように。
波立つ心を鎮める

私がヒマラヤで修行したことで、私の存在から変容させる力を持った波動が出ています。
私たちは量子とか細かい波動でできていますが、私はその波動を浄め尽くして、空(くう)になって、死を超えてサマディに入ったので、その祝福が皆さんの意識を変えたり、皆さんが瞑想者になることができて、静寂になるんですね。
池があって、明鏡止水で静かで波立たないところに、1個の石を落とすと輪が広がりますよね。
水の表面がジャンプして波立っている。
波立っている心をみんな持って、体の中も波立って騒がしいわけです。
心を超えると欲望から離れる

その刺激を絶って、静寂を体験すると本当の自分を体験するんですね。
「あ、心が自分だと思っていたけれども、心はいつもコロコロ変わるんだな」って。
変わらない自分がいるんだということを体験していただきたいんですね。
それには例えば家から離れて、あるいは自分の欲望から離れて、瞑想で無心になる。
それを心がける。
瞑想の時だけちょっと静かになって、また外へ行ったら色々思い出して、「これが欲しい、あれが欲しい、あれが食べたい」っていうことだったら、せっかくの静寂がまた綺麗な明鏡止水の心に、またいっぱい石を投げたように波を作ってるような状態になってしまうんですね。
本質に繋がる「本当の豊かさ」

今まではただ不安で、迷いの心で、寂しさで、その寂しいから何かが必要なわけです。
それに捕まることでちょっとバランスが取れているんですね。
寂しい、悔しい、怒り、それを鎮めるために甘いもの食べるとか、何かの代わりになっていて、それも必要なんですね。
でも必要以上なものに皆さん執着して、無駄なことをたくさんやっています。
だから少しそういう欲を取って、自分の中を整理整頓する。
気づきを持って、本当に必要なものを選択して、感謝を持って体験していく。
自分が汚れても、波立っても、常にマスターに繋がって、愛を持ち続けることで、良いエネルギーをいただいて中和しながらやっていく。
静寂を作り出すのに執着を取っていく。
本質に繋がった時に、平和っていうありがたみが分かると、無欲になれるんですね。
深いところに静けさがあり、無限のパワーがあって、無限の叡智があって、愛があって、満ちている。
無欲じゃなくて満ちているんですよ。
だからすごく満たされているんですね。
本当の自分は全てを持っている

曇りを取って、執着を取って、自分の中から満たされるところを掘り起こしていく修行が瞑想なんですね。
無欲になって虚無的になるっていうことではなくてて、本当の豊かさを皆さんが目覚めさせていくことができるということなんですね。
本当の自分は全てを持っていて、全てを生み出す力がある。
内側が豊かになると寂しくないわけです。
何でもかんでも無になると寂しくなっちゃうから。
パワフルな先生に繋がらないと、捨てるだけ捨てて無になって、虚しくなって無気力になってしまいます。
ミニマリストとか、表面的に捨てていても、また執着して買っちゃうんですよ。
質素な生活しもまた何年か経つとまた増えるということを繰り返してる。
だから超える人になっていかないとならない、ということなんですね。
〜ヨグマタ相川圭子 公式Youtube(2026.1.24放送分)より
執筆者:ヨグマタ相川圭子
10代の頃からヨガや瞑想、健康法に興味を持ち実践。単⾝ヒマラヤに渡り、悟りへの道である本格的なヨガの修⾏を⾏い、ヨガ・瞑想の究極のステージ「サマディ」に到達する。 過去3回にわたり、国連でスピーチ・瞑想指導を行う。日本でも講演会、各種研修を開催。著書は累計100万部を突破し、作家としても活躍している。
